月餅 3


雪花月餅が台湾全土の月餅が味を競うコンクールで優勝を重ねた実績はよく知られており、かつて、台湾八景ならぬ台湾八味の一つに数えられたと言われます。


人によって、台湾八味は少しずつ違っていることもありますが、屏東の木爪(パパイヤ)、鳳山の鳳梨(パイナップル)、麻豆の文旦、員林のぽんかん、南投のバナナ、潭子のレイシ、豊原の月餅が数えられます。


この豊原の月餅とは雪花月餅をさしているわけです。


今、雪花月餅は呂家の経営の下に伝統の腎美味」を追究し続けているのですが、中秋節の二、三週間前からは一日に六万個から10万個の月餅を売り切るということです。


作り手も作り手なら、買い手も買い手と言えるわけで、噛良い物」を作る努力を正当に評価している台湾の消費者の味覚と理解もまた見事なものと言わねばなりません。

月餅 2


日本でも売られている月餅は大ざっぱなわけ方をすると、同じ系統の作り方によるものだそうですが、台湾に行くと日本では見当たらないような別系統月餅を見ることができます。


台中市の近郊、豊原鎮の名産「雪花月餅」がそれです。


この名称は、その皮は雪のように白く、幾重にも重なったパイ皮は花びらのように軽やかで、全体の味と香りは花のようだというところからつけられたと言います。


これを製造している店の名前も雪花斎と言います。

月餅 1


陳舜臣夫妻共著『美味方丈記』は味覚に興味を持つ者にとっては、いく度繰り返して読んでも楽しみのつきるということのない本ですが、この名著の中で、月餅に一章が割かれており、これを読めば、中秋節が中国の三大節の一つとなるに至った由来や、月餅という菓子が味を豊かにしてきた経過がよくわかります。


月餅がもともと各家庭で作られ、贈ったり贈られたりしたことから、味を競い合う結果となり、おいしい月餅にはそれなりの秘伝が生じたということも、事実、その通りだったことでしょう。


月餅という菓子は、くるみ、ごま、西瓜の種、なつめ、砂糖、豚脂などを合わせて作ったあんを、小麦粉と豚脂等を組み合わせて作った一種のパイ皮でくるんだものと言ってもよいのですが、そのあんの材料、作り方、皮の作り方、焼き方などによって、各種各様の月餅ができます。

性格は不詳

川浬土の性格は不詳であるが、これに顔料としての墨を併せて白垂に混入することにより、鼠色の上塗を得たものでしょう。


その意味で川浬土は「土」という名を持っていても主材料ではなく、黒色系の顔料と理解すべきものでしょう。


上塗に対し、このような顔料を使用することは、漆喰または大津壁の場合に多かったのは当然です。


くりかえすまでもなく、土物砂壁系の色土は草庵茶室へ導入の当初から土そのものの色相を尊重しているのであるから、顔料の必要はもともと存在しない。

塗料に用いられている

もとインドのベンガル地方から舶載され、後にわたしたちの国でも産出ないし製造されるようになった事情が窺われるが、それが原産地の名を借りて今日でも「紅柄」の字を当てている赤色顔料であることは疑いを容れまい。


記述は漆に混和することのみを述べているが、同じものが現在土壁上塗にも使用され、また特に関西地区において町家の表格子の塗料に用いられていることは凋知です。


次に黒色系のものとして『三才図会』はさきの白壁の説明につづけて、(白壁に)川浬土及び墨を加え、之を塗りて罰璽となす(俗に鼠壁と云うなり)。


としています。

地質の関係

関東地方では地質の関係で良土を得難いので、江戸で有色上塗を行なう場合の困難は想像にあまる。


当然のことながら、ここでは着色剤(顔料)の使用が考えられなければなりません。


そのような顔料として『三才図会』はまず赤色系のものを挙げています。


蟹舶丹土を将来し榜葛刺土と名つく(榜蔦刺は天竺国の名なり)。


以て漆に和し器に塗る。


赤色は朱及び辰砂に亜ぐ。


奥州津軽、肥前大村の産良し。


近年出でず。


其の他は劣る。


近頃本草の製に拠り緑磐を焼いて作る。


最も佳し。


又鉄屑を焼いて作る。


共に漆に和して辰砂に劣らず。


(巻五十五、地部、土)朱または辰砂は赤色のことに鮮やかなものとして古くから知られているが、ここではべにがらをそれに匹敵もしくは次ぐものとして記載しています。

江戸から大量の情報が伝わる

手紙の内容が俄然面白くなるのは、やはり1853年(嘉永6)のペリー来航からです。インターネットFAXくらい面白いです(言いすぎ?)。


同年7月3日付書簡で信良は、「近来は都下殊之外騒々敷相成、何時如何之変出来ルヤラ難計、加之公方様六月二十二日、実ハ御他界、未タ御発シバ無之候得共、異船騒動御城内大混動、・・・何ヤラ底気味悪キ世之中二相成申候」と、六月二二日の黒船来航騒動に続いて同月二二日には将軍家慶の死去という事件が起こり、世の中が騒々しいだけでなく、生活の根底が揺り動かされ始めたという「底気味悪キ」気分を伝えています。


そして、「アメリカより三条之願アリ」として、「日交易二日土地3日縁結」の三点をあげ、「右之如ク島二非サル之土地ヲ拝借シテ交易場ヲ開キ、且兄弟之約ヲ結、為二御親族之内男女二関ラス貰受度と申事之由。


不出来相談・・・必戦争二及可申事と上下一同心痛仕居申候」という説明を加えています。


今の時代

今の時代、冷静に、公平に子供を見つめて、水をかけることが必要なんです。


これが本当の教育です。


昔、古い商家では、自分の子供を一人前の商人にするのに必ず他人の家にあずけたものです。


今ではもうやっておりませんが、友達の商店にあずけて、そこで丁稚小僧から仕上げてもらう。


手元に践いたんでは、どうしてもわが子はかわいいために本当の修業ができない。


突っ放すことができない。


親の弱みです。


それでは本当に子供は一人前になれないとこう考えますから、人にあずけた。


今でも東京の親の中には、中学から高校に行くときに手放すのがいます。


漉児島のラサール高校とか、北海道のラサール高校に上げる、寄宿舎にあずけてしまいます。


あるいは田舎から東京の秋川高校なんていう寄宿制度のところへあずける。


これは親としてはつらいことです。


子供は年中そばにおいて見ていたいでしょう。


それなのに心を鬼にして子供を手放すという親がじるのです。


イギリスの学校にはこれが多いそうです。

六有色壁の普及

草庵茶室の出現を契機に、白垂以外の土壁上塗の出現した事情は既に見た。


しかしそれらの外壁リフォーム材料は、大阪土・聚楽土の例をひくまでもなく、もともと天然の良土をそのまま活用したものであって、特に色調を人工的に整えることはなかった。


とすれば、関西地区のように良土に恵まれたところはともかく、それ以外のところでは使用が困難です。


そのために前述(第六章第三節)の崇伝のように地方で茶室を営むに当って、わざわざ京都から職人とともに材料まで送付するような事情が起ってくるのであるが、そのような贅沢が許されるのは崇伝なればこそで、もとより一般に望み得べきことではありません。

子供を見つめる

ぼくが死んでもお母さんはあんまり悲しまないだろう、とこう思いますから。


だから愛がなければ子供は育たない。


ところが、植木を育てるのに日光にさえ当てて、いればいいかというと、そうじゃない。


適当に水をやらなきゃいけないでしょう。


水をやらなきゃ枯れらやいますね。


子供も同じことです。


ただ愛情があれば子供は育つと、ただ猫っ可愛がりに抱きしめていたら、子供は枯れてしまう。


水をやらなきゃ植木は枯れてしまうように。


水とは何かというと、冷静さです。


客観的な公平さです。


ある程度の距離を置いて、子供を見つめる態度です。

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